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Yoshiaki-FigLeavesのブログ

組織/アプリ/テクノロジーについて書いてきます!

【挑戦を許容する為に】日本の社会主義的システムと起業

時事 社会

先日は社長の集まりみたいなのに参加してきました。基本的に私服で活動をしているので、その日ももちろん私服です。

 

その会ではスーツを纏ったおっさんが集まって話しているんですけど、みんな聞いてくるわけです「君はなぜ私服なんだ?」「こういう時は普通スーツを着るもんだ」と。この例はちょっと微妙な線かもしれませんが(笑)、日本人はアノマリーへの態度が硬く、同質化を求める傾向があるように感じます。

 

この同質化を求める傾向は、換言すれば「社会主義的」とも取ることができます。

 

社会主義wikipediaによると以下の通り。

個人主義的な自由主義経済や資本主義の弊害に反対し、より平等で公正な社会を目指す思想、運動、体制。

 

まさに、同質化ですね。

そもそも日本は民主的な資本主義国家だと謳っていますが、その本質は意外と社会主義的なのではないかと思っています。

 

そこで今日は日本の同質化の本質を紐解いていきたいなと思っています。

 

資本主義について

 

まずは前提として、日本は資本主義の国です。

まずはそもそも資本主義経済の一般的な仕組みから説明していきましょう。

 

資本主義とは、経済の仕組みの一種で、資本の運動が社会のあらゆる基本原理となり、利潤や余剰価値を生む体制のことである。

 

資本主義が成立するためには、商品生産と商品交換が一般化しており、自己の労働力を商品化する賃金労働者の存在が必要である。一般的に以下のような特徴を持つものであるとされる。


私有財産制(民法体系による司法による財産権の法的保護、経済的自由権
・ 私企業による生産
・ 労働市場を通じた雇用、労働
・ 市場における競争を通じた需要、供給、取り引き価格の調整、契約の自由

 

こう見ていくと、どう考えても日本は資本主義なんですよね。最近流行したピケティの21世紀の資本論の現象は面白く、日本人が「本当に資本主義ってなんだ?」ということに触れるきっかけになったと思います。

 

これは経済的な観点からも大きな影響があって、それはアベノミクスです。

アベノミクスによって景気が大きく上向き、格差が広がってり、その「格差が広がった」という意識がピケティの流行につながったと思います。

 

というわけで、社会構造的な観点からいくと、確実に資本主義社会は維持されていて、

 

精神的社会主義

学校教育

 

小学校時代を思い出すと、本当に窮屈だったなと思います(生来奔放な性格なので、当時は窮屈だと思ってませんでしたが。笑)。

靴を履か履かないことや授業中に後ろの席でプロレスをしていた、とよく言われるんですが、自分は全く意識がなくて、きっと性格が繊細だったら窮屈な世の中に感じただろうなと思っています。

 

今でも渋谷を歩いていると、明らかに安全な状況でもみんな信号を守っています。しかも一人が渡り出すと、周囲の様子を観察しながら渡り始める人がいるから笑えます。安全なら渡ればいいのになと思います。

 

こういった当たり前の考えというか、なぜだめかよくわからないルールを「同質化」によって制限する傾向が非常に強いように感じます。

 

今の話は教育制度にも表れています。

 

そもそも現在の義務教育は明治時代に生まれたものです。1872年に生まれ、最後の教育基本法の改正は1947年です。

 

さらに教科書は出版社が製作し、文部科学省がokをだし、同じような教育制度を敷かなければいけません。

カリキュラム通りに進め、国のやりたいように教育をしていく小中学校になるのは当然のようにも思えます。

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私学でさえも

 

これは「公立だから」という問題ではなく、私学にもある程度当てはまります。私学は文部科学省の出した教育方針に沿った教育を実施すると国からの支援金がもらえます。

 

私立は儲からないとこの支援金を活用してなんとか維持しないといけないので、私学の教育は独自のものかと思えば、実際には公立と変わらない、なんてことも往々にしてあるのが現状です。

全体として、日本の教育は同質的に感じます。

 

もちろん、これは全てがそうではないので、比較的私立出身の人間は自分の周囲でも変わっている人間が多くて好きです。笑

 

 

終身雇用

 

この思想を一層強めるのは「終身雇用」です。

終身雇用は「人をある一定の仕事・会社の中に閉じ込める制度」です。その人の世界はその会社の中にあり、接する人、雰囲気は同質的になりがちです。

 

警察になった人間は、一生警察であり、大企業に入ったら目標はその会社で部長になったり課長になって収入を安定させることです。

 

小さな世界の中で、同質的な価値観を持った人たちと毎日同じような生活をしているのが日本の現代の形になっています。

 

日本は近年「ガラパゴス化」が進んでいると言われていますが、この現象は日本の小さな箇所で多く点在していて、その点が線になって大きな日本を構成しています。つまり、日本の構造はフラクタルガラパゴス化とも言えると思います。

 

挑戦への寛容さ

日本がこれから飛躍していくには「挑戦への寛容さ」が必要です。 日本は「ビジネスをする」という観点ではやりやすいと思います。

 

同質化を求めすぎるがゆえに、どうも人と違うことをしようとすると怒られたり、白い目で見られたり、すぐに批判してきたりする人がいます。

 

どんなに失敗しても、死にづらいのが日本です。そうなると「失敗したら恥ずかしい」とか「目立つのが嫌だ」みたいな妙なプライドや恥は捨てるべきで、また、そんなことを考える社会主義的思想で人を見ないことが大事です。

 

誰でも簡単に登記ができて、教えてくれる人も沢山いる。人脈があれば、助けてくれる人も本当に沢山いて、仕事に困ることは少ないように思えます。そして、失敗しても確実に仕事がある。

 

起業する、なんていうと「どんな計画でどうやって食べていくのか?」とか「失敗したらどうするの?」とか「絶対にお前にはできないからやらないほうがいい」なんて言われることがあります。

 

でもそんな人の挑戦にブレーキをかける暇があるのであれば、応援する一言だけ言ってあげればいい。

 

人生はたった一回しかのチャンスしかないのだから、全てを捨てたって挑戦する

そんな人が増えていくといいなと思います。